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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6786号 判決

原告

松長晃弘

被告

秋田志津満・国

【事実】

第二 当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、別紙特許権目録記載の各特許権(以下「本件各特許権」という。)を有する。

2  李聖福(以下「李」という。)は、原告の意思に基づかずに、昭和五二年八月初旬ころ、弁理士である被告秋田志津満(以下「被告秋田」という。)に、李を権利者とする別紙登録目録記載の本件各特許権一部取得登録(以下「本件一部取得登録」という。)をするための申請手続を委託した。

右申請に際して、李は原告の承諾を受けることなく、原告の帰化前の氏名である「金昇永」と刻した印を、また被告秋田は原告の承諾を受けることなく、原告の帰化後の姓である「松長」と刻した印をそれぞれ使用して、原告が本件一部取得登録申請手続を被告秋田に委任する旨の原告名義の委任状三通を偽造した上、右委任状を申請書に添付して、被告秋田において、昭和五二年一一月一〇日、特許庁に本件一部取得登録の申請書を提出した。

右申請が受理された結果、昭和五二年一二月一九日申請どおり本件一部取得登録がされた。

3  被告秋田の責任

被告秋田は、弁理士を業とする者として、本件一部取得登録の申請義務者である原告に対して、問い合わせをする等、登録をする意思の有無を確認すべき義務があるにもかかわらず、何らの確認行為をなすことなく、本件一部取得登録申請手続を行つた点に過失があるというべきである。

4  被告国の責任

特許権の登録について、申請の受付、審査を担当する特許庁の事務官は、登録されることによつて実体的権利変動の効力を左右するような重要な登録事項に係わる申請を受理するに際しては、登録義務者の申請意思を確認する為に、印鑑証明書或いは特許証等を求めるべき義務があるというべきである。

確かに、登録の申請がされた場合、その申請書等の成立の真正を確認するための印鑑証明書或いは特許証等の書面の提出を要する旨の明文の規定は存しないが、単なる物権変動の対抗要件にすぎない不動産の登記手続においてすら、登記申請に際し、登記義務者の権利に関する登記済証の提出を義務づけ(不動産登記法第三五条第一項第三号)、更に所有権の登記名義人が登記義務者として登記申請するときは印鑑証明書を提出させて(同法施行細則第四二条一項)、申請書その他重要な書類の形式的真正を判断する資料とするのに、実体的効力発生要件とされる特許権の変動の登録申請について、申請書その他重要な書面に作成名義人の記名と押印をもつて足りるとするのは不均衡であるから、登録の申請においても、特許庁の事務官において、申請書その他の書面の成立の真正を審査すべき義務があると解するのが相当である。

しかるに、特許庁の事務官は、本件一部取得登録の申請につき、委任状に押捺された、前記「松長」印及び「金昇永」印の印影のみに基づいて、原告の真意に基づくものと判断し、前記の原告の真意を確認すべき義務を怠つた点に過失があるというべきである。

仮りに、特許庁の事務官において、登録義務者の申請意思を確認するために、印鑑証明書等を求めるべき義務がないとしても、内閣は、右申請意思の確認義務を定めた具体的な規定を制定すべき義務があるにもかかわらず、右義務を怠り、不備な特許登録令を制定した点に過失があるものというべきである。

5  損害

(一)  本件各特許権は、落花生を粉末化する方法についてのものである。

原告は、昭和五三年四月一四日、訴外楽陽食品株式会社(以下「楽陽食品」という。)との間において、ビーナッツパウダーを一か月一〇〇万トンないし三〇〇万トン、一トン当たり金四二万円にて、同社に継続的に売り渡す契約を締結したが、本件一部取得登録があることを理由に右契約を解除され、爾来原告の努力にもかかわらず、第三者との契約はすべて不成功に終わつている。

右ピーナッツパウダー一トン当たりの利益は金一〇万円を下らないので、一か月当たりの利益は金一〇〇〇万円を下らないことになり、昭和五三年五月から昭和五六年四月までの三年間の利益は少なくとも合計金三億六〇〇〇万円となり、原告は右同額の損害を受けた。

(二)  原告は、昭和五三年四月以来、横浜倉庫株式会社芝浦倉庫にピーナッツパウダー一八トンを保管しているが、前記のとおり契約成立が不成功となつたため、虫が発生する等して商品価値がなくなつた。したがつて、右ピーナッツパウダーの一トン当たりの当時の価格は金三〇万円であつたので、原告は、合計五四〇万円の損害を受けた。

6  以上のとおりであるから、原告は秋田に対しては民法第七〇九条に基づき、被告国に対しては国家賠償法第一条に基づき、前項(一)及び(二)の損害の内金一億円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五三年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告国)

1  請求の原因1の事実は否認する。

2  同2の事実中、原告名義の委任状三通が、本件一部取得登録の申請書に添付され、特許庁に提出されたこと、昭和五二年一二月一九日、申請どおり、本件一部取得登録がなされたことは認め、その余の事実は知らない。

3  同4の事実は否認する。

特許権移転登録申請の審査は、申請書及び添付書類並びに登録申請に係る原簿に基づき、当該申請が手続上の要件に適合しているかどうかという点についてのみ行われるものであり、したがつて特許庁長官が、申請書及び添付書類の成立の真正につき印鑑証明書或いは特許証等の書面により確認しないで本件一部取得登録を行つたことには何ら違法な点はない。

即ち、特許登録令第三八条、第三七条によれば、特許権移転登録申請に係る審査は、① 申請に係る特許権の存否、② 申請書の記載事項の適否、③ 申請書添付書面の具備の有無、④ 申請書の記載事項と特許登録原簿とのそごの有無などの点について行われ、同令第三八条第一項各号に定める却下事由が存在する場合は、理由を付して当該登録申請を却下し、その他の場合は、受付の順序に従つて登録を行うべきものとされており、特許登録令第三八条第一項各号に定められた要件の不備以外の事由に基づいて当該申請を却下することは許されないことは明らかである。

また、原告は、不動産登記制度との比較から特許権移転登録における審査においても、登録をなす意思の有無を印鑑証明書等で確認すべき義務があると主張する。しかし、不動産登記制度は、一般人が登記簿の記載を信頼して個々の不動産に関する取引関係に入ることを念頭に置いた制度であるから、真実の権利関係と異なる登記がなされないようにするため、登記申請書の添付書類に厳格な要件を課しているのに対して、特許登録制度は、一般人に対する公示が主たる目的ではなく、特許権の発生要件並びに特許権に関する権利の変動等の要件ないし第三者対抗要件として定められた制度であり、それによつて特定の特許発明に関する権利者を明確にし、特許権の目的である発明の保護及び利用を図ろうとするものでその目的は異なるものであるから、特許権移転登録申請の審査につき不動産登記申請の審査と同様に解すべきいわれはない。

特許庁長官は、本件一部取得登録申請に対して、所要の審査手続を経た結果、① 本件各特許権が存続していること、② 特許登録令第二八条各号に掲げる事項が記載されており、かつ、申請人代理人の記名・押印があり、各申請書が方式に適合していること、③ 特許番号、発明の名称及び登録の目的である権利の表示が本件各特許権に係る各原簿と符合すること、④ 登録義務者の表示が原簿と符合すること、⑤ 右申請書に記載された事項が登録の原因を証明する書面である共有契約書と符合すること、⑥ 本件一部取得登録申請に必要な添付書面である特許登録令第三〇条第一項第一号、第三号及び第六号に掲げる書面が添付されていること、⑦ 登録免許税が納付されていることが認められ、特許登録令第三八条第一項各号に該当しないことが明らかであつたので、申請どおり本件一部取得登録を行つたのであつて、右登録手続には何ら違法な点はない。

更に、原告は、内閣に、具体的な規定を制定すべき義務がある旨主張する。しかしながら、特許登録令を定めるにつき内閣に原告の主張するような作為義務を課したと解すべき規定は法令上見いだし得ないのみならず、特許権の設定等の登録原簿への登録をいかなる手続で行わせるかは専門技術的な事項であつて内閣の裁量に委ねられているものと解すべきであり、不動産登記法及び同法施行細則の規定を援用して内閣の作為義務を肯定すべきとする立論も、特許登録制度と不動産登記制度との性質の相違から、これらを同列に扱うことはできないものというべきであつて、結局内閣の作為義務が生じることはあり得ない。

4  同5の事実中本件各特許権が落花生を粉末化する方法についてのものであることは認める。

原告が楽陽食品との間においてピーナッツパウダーの継続的売買契約を締結したとの点は否認する。右売買契約の売主は原告ではなく、アメリカ合衆国法人ピーナ・プロテイン・インターナショナル・インコーポレイテッドである。

その余の事実は知らない。

(被告秋田)

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2の事実中、李が被告秋田に、特許庁に対する本件一部取得登録申請の依頼をしたこと、被告秋田が右依頼にしたがつて、申請書を提出したこと、申請により本件一部取得登録がなされたことは認め、その余の事実は否認する。

3  同3の事実は否認する。

李は、被告秋田に本件一部取得登録申請の依頼をするにあたり、原告の実印と思われる捺印の押捺された特許共有権確定契約書を持参したこと、数日後李から電話を受け、次いで原告と思われる者から、よろしく頼むとの依頼を受けたこと等の事実から、被告秋田は原告に登録申請の意思のあるものと判断して、登録申請手続を行つたのであつて、同被告に、原告主張のような過失はない。

4  同5の事実は知らない。

【理由】

本件において、原告は、被告秋田のした本件一部取得登録申請手続及び特許庁の事務官のした本件一部取得登録手続に過失があるとして、それにより原告が被つたとする損害の賠償を求めるものであるが、右の過失があるか否かの点の判断はさておき、先ず、損害の発生の有無につき検討することとする。

ところで原告は、本件における損害として、昭和五三年四月一四日、楽陽食品に対して、ピーナッツパウダーを継続的に売り渡す旨の契約を締結したが、本件一部取得登録があることを理由に、同社から右契約を解除されたため、得べかりし利益を失ない、また、そのころ原告が取得していたピーナッツパウダーの価値を失なつたことを主張する。

しかし、<証拠>によれば、原告が昭和五三年四月一四日に、ピーナッツパウダーを楽陽食品に売却したことの点についての証拠として提出した契約書の当事者は、原告ではなく、訴外ピーナ・プロテイン・インターナショナル・インコーポレイテッド(以下「ピーナ・プロテイン」という。)となつており、またそのころ、原告が楽陽食品に売却するためにピーナッツパウダーを取得保管していたとの点もこれを認めるに足る証拠はない。そうすると、右契約の解除によつて原告に損害が発生することについて、本件においては、これを認めるに足る証拠はないものといわなければならない。

もつとも、原告は、ピーナ・プロテインと原告とは経済的、実質的に同一である旨供述するけれども、<証拠>によれば、昭和五五年一一月二八日に、ピーナ・プロテインを債権者、原告を債務者とする処分禁止の仮処分決定に基づく登録がなされていることが認められ、右事実に照らすならば、ピーナ・プロテインと原告との間に法的紛争が存在したものと推認され、両者が経済的実質を同じくすることは到底考えられないので、原告の前記供述部分は措信し難い。

その他本件全証拠によつても、原告主張に係る損害発生の事実を認めることはできない。

以上のとおりであつて、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく失当であるから棄却す<る。>

(元木伸 飯村敏明 高林龍)

特許権目録

一 特許番号 第七二〇八一七号

昭和四三年七月一九日出願

昭和四三年願書第五〇七五五号

昭和四八年七月一九日公告

昭和四八年一〇月二三日査定

落花生の処理法

発明の数 1

外二件<省略>

登録目録<省略>

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